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福岡高等裁判所 昭和32年(ネ)385号 判決 1958年12月12日

控訴人 田中鉱業株式会社 外一名

被控訴人 福岡通商産業局長

訴訟代理人 小林定人 外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等代理人は「原判決を取消す。被控訴人が控訴人田中鉱業株式会社に対し昭和三一年五月九日した熊本県登録番号第六二一九号熊本県阿蘇郡阿蘇町地内鉄鉱二三、九三八アールの試掘権取消処分が無効であることを確認する。被控訴人は控訴人田中鉱業株式会社に対し昭和三一年五月九日した右試掘権の消滅の登録につき回復登録手続をしなければならない。被控訴人が控訴人若江百恵に対し昭和三一年五月九日熊本県登録番号第六二二〇号熊本県阿蘇郡阿蘇町地内鉄鉱三五、〇〇〇アールの試掘権取消処分及び昭和三一年四月一三日した熊本県阿蘇郡阿蘇町地内鉄鉱三四、〇八三アールの試掘権出願許可取消処分が無効であることを確認する。被控訴人は控訴人若江百恵に対し昭和三一年五月九日した前記熊本県登録番号第六二二〇号試掘権消滅の登録につき回復登録手続をしなければならない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」という判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴人等代理人において「(一)本件鉱業権設定出願当時その出願名義人たる平和鉱山株式会社なるものが存在しなかつたことは事実であるが、当時平和産業株式会社なる会社があり、同会社ではその商号を平和鉱山株式会社と変更する予定であつたので、平和鉱山株式会社の名義をもつて本件鉱業権の設定出願をなしたものである。そして平和産業株式会社は後その商号を平和鉱山株式会社に変更したものであるから、右平和鉱山株式会社の名義をもつてした本件鉱業権の設定の出願は無効ということはできない。(二)仮りに平和鉱山株式会社の名義をもつてした出願が無効であり、従つて右出願人の地位の譲受が無効なりとするも、同会社の出願は会社の不存在ということ以外の点では何等欠くるところはないのであるから、このことから直ちに被控訴人のした控訴人等に対する本件試掘権設定の許可までも当然に無効とするのは、いささか速断に過ぎるものではなかろうか。もし右出願名義人変更届出前に第三者から同一区域につき鉱業権設定の出願がなされていたならば格別、本件においては右のような競願者は存在しなかつたのであるから、控訴人等をもつて名義人変更届出のときに新に試掘権設定の出願をしたものとしてこれに対し許可を与えても何等第三者の権利を害することはない。出願人の名義変更の届出をなすことはその出願にかかる鉱業権設定の許可を得んがためにするものであり控訴人等においてもし平和鉱山株式会社名義の出願が無効であることを知つていたとすれば、控訴人等の名義で新に出願した筈であるから、出願人の名義変更届としては無効であつても、これをもつて新たな試掘権設定の出願として有効なものと見るのが至当である。いわんや本件においては、被控訴人は控訴人等に対して試掘権設定の許可を与え、殊に控訴人若江の出願にかかる鉄鉱三四、〇八三アール以外の二鉱区については、既に試掘権の登録をも了していたのであるから、かような試掘権設定の許可並に登録なる行政行為をその前提たる出願行為無効の故をもつて直ちに当然無効と解することは形式的概念的な法解釈であり、妥当なものということはできない。控訴人等のした名義人変更届はさきになされた平和鉱山株式会社名義の試掘権設定の出願とあいまつて控訴人等自身の設定出願と認め得べき余地あり、被控訴人のした本件鉱業権の取消並びに消滅登録の処分は違法無効の処分というべきである。しかも、控訴人等はそめ登録を受けた試掘権鉱区において第三者が鉱物の盗掘をなしていることを発見したで昭和三一年三月中に被控訴人に対しこれが調査方を申請したところ、これに基因して被控訴人においてにわかに当初の出願名義人平和鉱山株式会社の存否を問題とし、間もなく本件鉱業権の取消及び登録の処分に出でたもので、その間の経緯がすこぶる奇怪である。以上の次第であるから、少くとも本件鉱業権登録第六二一九号、第六二二〇号の取消処分及びその消滅登録の処分は無効であると思料する。」と附加陳述し、被控訴代理人の答弁に対し「被控訴人主張のように昭和三〇年四月二七月訴外池田繁から試掘権設定の出願があつたこと、その鉱区が被控訴人主張のとおりであつて一部控訴人等の出願鉱区と重複していることは認める。」と述べ、被控訴代理人において、控訴人等の右主張に対し「(一)本件鉱業権の設定出願名義人である平和鉱山株式会社が平和産業株式会社なる旧商号を右商号に変更したのは右出願をした日から約四年後で被控訴人のなした本件処分後である昭和三一年一二月一〇日のことでありその登記のなされたのは昭和三二年四月二五日である。しかも右出願名義人となつている平和鉱山株式会社の本店所在地は熊本市上林町二〇番地でその代表取締役は国安孫三郎である。ところで右出願当時における平和産業株式会社の本店所在地は熊本市手取本町五三番地でその代表取締役は奥野改蔵であつた。このことから見るも、本件鉱業権の設定出願当時右平和産業株式会社がその商号を平和鉱山株式会社に変更する予定であつたとする控訴人等の主張は失当である。(二)控訴人等から被控訴人に対しその主張のように盗掘についての調査方申請があつたことは認めるが、その余の主張は争う。控訴人等より本件鉱業権の出願人名義変更届出がなされる以前である昭和三〇年四月二七日訴外池田繁から試掘権設定の出願がなされ、その鉱区は本件鉱業権の鉱区と一部重複しているものである。」と述べた外、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

証拠<省略>

理由

訴外平和鉱山株式会社の本件三個の試掘権設定出願について、控訴人等がそれぞれその主張のように同会社から出願人の地位(出願権)を譲受けて被控訴人に対し出願人名義変更届をなし、被控訴人は控訴人等に対し右各出願を許可し、そのうち控訴人等主張の二個の許可については試掘権の設定登録を了した後、出願人平和鉱山株式会社は実在しない会社であつて許すべからざるものを錯誤により許可したことを理由として、登録を経たものについては試掘権の取消処分をした上該登録の消滅登録をなし、未登録のものについては試掘権設定許可の取消処分をなした事実関係は原判決認定のとおりであり、又本件登録回復請求が却下せらるべきものであることも原判決説示のとおりであるから、これらの点に関する原判決の当該理由をここに引用し、以下本件試掘権及び試掘権設定許可の各取消処分の無効確認請求の当否について判断する。

本件試掘権設定の出願当時平和鉱山株式会社という商号の会社が実在しなかつたことは控訴人等の自認するところであるが、控訴人等の主張によれば、平和産業株式会社は右出願当時から実在する会社であつて、この会社は商号を平和鉱山株式会社之変更する予定であつたため、平和鉱山株式会社名義で本件試掘権設定の出願をしたものであり、そしてその後商号もそのとおり変更しているものであるから右出願は無効ではない、というのである。そこでこの点について検討するに、成立に争のない甲第六号証及び乙第五号証によれば平和産業株式会社は本件試掘権設定の出願当時から実在する会社であつて、同会社は本件各取消処分後昭和三一年一二月一〇日商号を平和鉱山株式会社と変更し昭和三二年四月二五日その登記をしたことが認められる。しかし右各号証及び成立に争のない乙第二ないし第四号証の各一、二によれば、本件各試掘権設定出願及び各出願人名義変更届においては、出願人平和鉱山株式会社の本店所在地は熊本市上林町二〇番地でその代表者は代表取締役国安孫三郎となつているが、その当時の平和産業株式会社の本店所在地は熊本市手取本町五三番地でその代表取締役は奥野改蔵であり、右国安孫三郎は代表取締役ではなく、かつこの会社は当時鉱業を営業目的とするものではなく、鉱石の採掘販売を営業目的に追加変更し本店を熊本市上林町二〇番地に変更したのは、前記商号変更と同様本件各取消処分後のことであることが認められる。以上認定の事実によれば、平和産業株式会社か商号変更を予定して平和鉱山株式会社名義で本件試掘権設定出願をしたものとはたやすく認められない。そうすると右出願は平和鉱山株式会社という当時は実在しない会社の出願という外はないから、その出願は無効であるし、又その会社から控訴人等に対する出願人の地位の譲渡、すなわち出願人としての権利の譲渡も無効であるから、控訴人等の出願人名義変更届もその効力がないものといわなければならない。仮に平和産業株式会社が平和鉱山株式会社名義で出願しかつ控訴人等に出願人の地位を譲渡したものだとしても、出願人の代表者となつている国安孫三郎は当時平和産業株式会社の代表取締役でなかつたことは前認定のとおりであるから、その出願並びに出願人の地位の譲渡及び出願人名義変更届はいずれも有効とはいえない。

控訴人等はさらに、平和鉱山株式会社名義の本件試掘権設定出願が無効であり、従つて出願人の地位の譲渡も無効であるとしても、同会社の出願は会社の不存在ということ以外の点では何等欠くるところがないから、この出願は控訴人等の出願人名義変更届とあいまつて控訴人等の新たな出願と認むべきではないか、というのである。しかし、他人の行為と自己の行為を結合することによつて一定の法律要件を具備するものとして当該法律効果を主張するには、法律上特にその旨の規定がある場合の外、他人の行為を自己の行為と同視し得るような、法律上両者の行為を結合せしめ得る関係がなければならない。しかるに平和鉱山株式会社と控訴人等間の本件出願人の地位すなわち出願人としての権利の譲渡の効力が認められないことはすでに説明したとおりであるから、同会社と控訴人等は法律上無縁の間柄で、同会社の出願を控訴人等の出願人名義変更届と結合させる法律上のてだてはあり得ない。従つて控訴人等の主張は採用できない。

叙上説明のとおり、本件各試掘権設定出願は実在しない平和鉱山株式会社の出願であり、仮に実在する平和産業株式会社の出願として代表権のないものによる出願であつて、いずれにしても出願の効力がなく、従つて出願人の地位の譲渡もその効力を認め得ないから、本来許可したのは錯誤によるものといわなければならない。それ故試掘権設定登録を経たものについては鉱業法第五二条の規定により本件各試掘権の取消処分をなし得るものである。又鉱業権設定出願については、その出願が適法であつて法定の不許可事由がない限り、先願主義の原則に従い所轄行政庁は当然許可すべきものであつて、不許可とすべきものを錯誤によつて許可し、しかもこれを取消さなければ、他の者の出願を妨げ公益にも害があるから、かような錯誤による許可は鉱業権設定登録未了の場合でもこれを取消し得るものといわなければならない。

そうすると、被控訴人が錯誤を理由として本件各試掘権及び試掘権設定の許可を取消したのは正当であつて、該取消処分を無効とする控訴人等の本訴請求は認容し得ない。

よつて右と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 竹下利之右衛門 小西信三 岩永金次郎)

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